大井松田のお客さんは、バイクにしろカートにしろ、少なからずモータースポーツが好きな方がご来場されていると思います。レース観戦が好きで始めた方もいれば、観戦するより自分が走る方が好きだという方もいるでしょう。その皆さんは、大なり小なり負けず嫌いなんだと思います。ことレースに関しては、更に負けたくないという気持ちが強くなるのではないでしょうか?

勝ちにこだわることは、決して悪いことではありません。今どきの運動会では、徒競走で『皆で手を繋いでゴールする』というニュースを聞くと、昭和ド真ん中の人間としては心の中が少々モヤモヤするのです。世に出ると、少なからず人と比べられる機会に触れます。それは単純な勝ち負けではないとしても、『Aより上、Bより下』という判断を、誰しもが無意識にしているのではないでしょうか?

ボスを中心に群れをつくる、という動物の本能的な部分が、自分と周りの優劣を付けて、自分がどこのポジションにいるのか確認しているのかも知れません。

今から15~6年前に、東日本ジュニアカートという大会を関東でやっていました。現在、国内のトップカテゴリーのスーパーフォーミュラやスーパーGTで活躍している選手が、多く参加していた大会として有名です。佐々木大樹、高星誠明、中山雄一、松下信治、坪井翔、笹原右京、藤波清斗などなど、同じ時期に同年代のジュニアドライバーが、しのぎを削ったシリーズです。最盛期にはジュニアだけで100台を超えるエントリーがあり、まさに群雄割拠の時代でした。

その中のクラスにJ2クラスというクラスがありました。このクラスはヤマハKT100Jというエンジンを使ったクラスなのですが、イコールコンディションをつくるためにレンタルエンジン制を採用していました。大会前日の土曜日に抽選があり、その抽選がひとつのイベントのような雰囲気でした。なぜなら誰しもが、いいエンジンを引き当てたいからです。ただ裏話をすると、当時メンテナンスをされていた方は、クランクケース、シリンダー、ヘッドを定期的にシャッフルしていたので、いわゆる大当たりのエンジンはなかったはずなんですが、噂が噂を呼び「No.〇〇番のエンジンが一番早い」とか「No.△△番エンジンはダメだ」とかという話を親御さんがよくされていました。中には子どもが抽選した後にお父さんが「そのエンジンだと今日のレースは終わったわぁ~」と言ったりする始末です。そんな時に、今はトップカテゴリーで大活躍している選手のお父さんが「うちはエンジンは何でもいいんですよ、あとはドライバーが頑張るだけですから…、変に道具に頼ると言い訳の理由になるから、うちはどんなエンジンでもトップを狙え!って言ってるんですよ。10年後にどっちがどうなっているか見ててくださいね」と言われていたのを鮮明に覚えています。それからはボクも子どもたちに、「国語、算数、理科、社会、体育の5教科の全部を100点取れる人っていないよね、今日は国語がダメだったら体育で頑張ればいいんじゃないの、理科がダメなら社会を頑張るとか、カートだっていつも100点はないんだよ、その時にドライバーが何をするかが大事なんだよ」と言うようにしました。

ドライバーは否応なく常に自分のポジションを意識させられます。『本来はこんなところを走るはずがない、なんでこの選手より下を走ってるの…、』色んな感情を持ってドライバーは車を走らせています。時として比べるがために走りがラフになり、自滅するドライバーは少なくありません。ダメな車の時もあるでしょう。逆にドンピシャのセットが決まることの方が少ないかも知れません。そんな時に自分が今やれることのベストが出せるか、そこが強いドライバーになれるか否かだと思います。でもこれはレースだけの世界ではありません。学校でも会社でも社会においてでも、同じことが言えます。時間がないから、上司がダメだから、予算がないから、

全部が100点なんてないのです。

”為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成さぬは人の為さぬなりけり”

自戒の念も含めて久しぶりにこの言葉を思い出しました。